循環器トライアルデータベース

j-Cypher Registry

目的 日本におけるsirolimus溶出性ステント(SES)植込み例の大規模観察研究であるj-Cypher Registryで,抗血小板療法のステント血栓症への影響を検証する。
コメント 我が国のPCI史上最大規模の登録試験である。今後さまざまな解析結果が報告されるであろうが,本論文でフォーカスされているのはステント血栓症(ST),特にARC定義による“definite ST”である。
Cypher stent®で治療された登録症例の内訳を見ると,ACSが21%と少ない一方で糖尿病が41%と多く,病変は80%が複雑病変(off-label use)とハイリスクな要因を多く有する。手技的にはIVUSガイドが45%で高圧拡張・後拡張の多用が目立つ。
まず本試験で特筆すべきはdefinite-ST発症頻度の低さ(0.2%/年)であろう。STの経時的変化でよく引き合いに出されるBern・Rotterdamのregistryの5年間の追跡では,依然として0.5-0.6%/年のdefinite STが累積している。両者の相違点に関して著者も論じているが,人種差や症例背景,特にACSの比率が大きく異なる(Bern・Rotterdamでは59%)以外に,j-CypherではIVUSガイドを用いてよりlesion-specificな治療が施されている点も指摘できる。また先進国の中で最も遅くDESが認可された日本では,DES留置に関して“門前の小僧”状態だったため,これが有利に働いた可能性もある。いずれにしろDESの安全性懸念,特にoff-label use への警鐘が叫ばれる中,Bern・Rotterdamから2年遅れでスタートしたj-Cypher Registiryの結果は我々に勇気を与えてくれる。
そして,(超)遅発性STを予防するためのチエノピリジン(チクロピジン)の併用期間は「6か月」というのが本論文の最大のメッセージである。術後半年を起点としたlandmark analysis でチエノピリジンon・off両群のST発症率に差がなかったこと,抗血小板療法中止後ほとんどの症例では1週間以上経って(超)遅発性STを発症していることがその根拠となっている。この結果はCypher stent®およびTaxus stent®を用い,4つの施設からの連続3021症例で解析されたAiroldiらのregistry (Circulation. 2007; 116; 745-54. PubMed)とも一致する。
チエノピリジンの至適内服期間については今も議論の的であり,DESの安全性懸念が表面化してからは長期併用が推奨される傾向にある。j-Cypherからのメッセージはその流れに一石を投じているが,(超)遅発性STの成因が判明していない以上,議論に終止符が打たれるわけではない。さらにj-Cypherはランダム化比較試験ではなく,あくまでもバイアスの多いregistryである。背景因子調整前のlandmark analysisでは,全体の73%にあたるチエノピリジン継続群の方が死亡・心筋梗塞の発症率で中止群をわずかに上回っている。これは継続群に複雑病変が多かったためと考えられる。統計学的には差がないことは,決して重症例・複雑病変での早期チエノピリジン中止の「印籠」ではない。現状では,やはり,個々の症例で判断すべき事案と思われる。
少し気になるのは2年後の解析症例数である。1年後の1/3 に減少し統計学的精度が低下している。次々とアップデートされるデータの推移を注視していきたい。(中野中村永井
デザイン 登録研究,多施設(日本の37施設)。
期間 追跡期間は2年。
登録期間は2004年8月~2006年11月。
参加者 10,778例。
■患者背景:全体的に高リスクである(80歳以上,糖尿病,腎機能障害,プロテクトされていない左主幹部病変[LMCA]など)。
平均年齢68.3歳;80歳以上13%,男性75%,BMI 23.9kg/m²,現在の喫煙例20%,高血圧75%,糖尿病41%;インスリン投与9.2%,推定糸球体濾過量(eGFR)<30mL/分/1.73m²:非透析例5.1%;透析例5.5%,急性冠症候群(ACS) 21%:ST上昇型心筋梗塞(STEMI)6.8%;非STEMI 2.0%,末梢血管疾患12%。多枝病変50%,プロテクトされていないLMCA 3.9%,EF 58.1%。
治療血管数1.22,治療病変数1.37,多枝へのステント植込み19%,ステント総数1.75,総ステント長38.9mm。
既往:MI 28%,脳卒中9.3%,心不全14%,PCI 48%,CABG 7.3%。
病変,手技背景(病変数14,811):
病変位置:左前下行枝42%,左回旋枝21%,右冠動脈33%,LMCA 3.4%,伏在静脈グラフト0.7%。
ステント内再狭窄13%,慢性完全閉塞9.1%,重症石灰化8.9%,分岐部19%,側枝ステント植込み3.2%,病変長≧30mm 15%,手技前参照血管径<2.5mm 29%,IVUS使用45%,direct ステント23%,後拡張44%,最大拡張圧17.9atm,使用ステント数1.29,使用ステント長28.6mm,最小ステントサイズ2.89mm。
調査方法 参加施設において期間中にPCIを施行した全例をカテーテルラボのテクニカルスタッフがPCIスクリーニングリストに連続して記録し,SESを植込んだ患者に登録研究への参加を依頼した。追跡データは30日後,6か月後,1年後,以降年1回,カルテ,患者,担当医から入手した。ベアメタルステント,SESとその他のタイプのステントの組み合わせは除外し,SESのみの症例を登録した。
推奨抗血小板療法はaspirin≧81mg/日を無期限,チエノピリジン系薬剤(ticlopidine 200mg/日あるいはclopidogrel 75mg/日)を3か月以上投与としたが,抗血小板療法期間は担当医に委ねた。aspirin,チエノピリジン系薬剤の投与中止日は別々に追跡データとして報告し,投与中止が一時的である場合は再投与開始日を報告した。担当医が永久中止(2か月以上の投与中止)を決めた場合は再投与日は報告されない。
ステント血栓症はaspirin,チエノピリジン系薬剤別に,PCI後30日,31~180日,181~365日,366~548日,549~730日で評価した。
2種類の抗血小板薬療法の延長の影響は,landmark analysisで評価:追跡期間中の非転帰イベント(6か月後のチエノピリジン系薬剤投与中止など)に基づく患者(6か月後にaspirinの投与は継続し死亡,MI,脳卒中,ステント血栓症非発生例)の生存解析。ロジスティック回帰によりpropensity score(背景の相違を補正)と独立した23の交絡因子で調整。
結果 1年間の追跡率は96%。
[抗血小板療法]
入院中の投与率:aspirin 98.9%,チエノピリジン系99.5%:ticlopidine 96.9%,clopidogrel 2.6%。退院時にcilostazol 3.2%。
チエノピリジン系の投与率は30日後97%→ 1年後62%→ 2年後50%。3か月以降に投与中止が急増したが,この時期にステント血栓症が同様に増加するということはなかった。
[2年後の転帰]
死亡7.2%(心臓死3.7%;突然死1.4%),心筋梗塞(MI)1.5%(ステント血栓症によるものは全MIの45%),脳卒中3.1%,標的病変血行再建術10.2%,CABG 1.5%,全冠動脈血行再建術25.9%。
[ステント血栓症,続発症転帰,予測因子]
・ステント血栓症のARC*定義別発生率
definite:30日後0.34%→ 1年後0.54%→ 2年後0.77%(30日後~2年の累積発生カーブの直線部の傾きは0.2%/年)。
definite/probable:0.46%→ 0.68%→ 0.91%。
definite/probable/possible:0.46%→ 1.38%→ 2.48%。
Academic Research Consortium
・ステント血栓症発生時期別の転帰
Early(≦30日。36例):死亡11%,MI 85%(Q波MIは56%),緊急CABG 11%。
抗血小板療法:aspirin,チエノピリジン系の薬剤2種類86%,aspirinのみ8.3%,aspirin,チエノピリジン系非投与2.8%,不明2.8%。
Late(31~365日後。21例):死亡38%,MI 95%(70%)。
抗血小板療法:2種類57%,aspirinのみ14%,チエノピリジン系のみ4.8%,aspirin,チエノピリジン系非投与24%。
Very late(366~730日後。14例):死亡18%,MI 91%(83%)。
抗血小板療法:2種類36%,aspirinのみ43%,aspirin,チエノピリジン系非投与21%。
・ステント血栓症の独立した予測因子(多変量解析)
Early:ACS(ハザード比2.53;95%信頼区間1.3~4.92, p=0.006),心不全(2.33;1.12~4.84, p=0.02)。
Late, Very late:末期腎疾患(eGFR<30mL/分/1.73m²):透析導入例(6.86;3.05~15.45, p<0.001);透析非導入例(5.33;2.0~14.15, p<0.001),側枝ステント(3.5;1.36~9.03, p=0.01),喫煙(2.36;1.17~4.76, p=0.02)。
[抗血小板療法中止とステント血栓症の関連]
aspirin,チエノピリジン系2種類の投与を中止した場合,投与例と比べて血栓症の発生が,次の時期に有意に増加した:31~180日後(1.76% vs 0.1%, p<0.001),181~365日後(0.72% vs 0.07%, p=0.02),366~548日後(2.1% vs 0.14%, p=0.004)。late, very lateステント血栓症のうち,いずれかの抗血小板治療中止から発症までの期間は18例中17例で1週間以降だった。
[チエノピリジン系薬剤投与に基づくlandmark analysis]
6か月後のチエノピリジン系投与は73%。
患者背景で調整後の24か月後の転帰におけるチエノピリジン系投与例(死亡3.4%,MI 0.6%,死亡・MI 4.1%,心臓死,MI,脳卒中の複合4.0%),非投与例(3.4%, 0.8%, 4.1%, 4.1%)に有意差はなかった。
ACS例では非ACS例に比べ,死亡,MIは有意に多かったが,6か月以降は差はなかった。24か月後の調整後の死亡,MIはACSの有無を問わず6か月目のチエノピリジン系投与例,非投与例で差はなかった。
★結論★aspirinおよびチエノピリジン系薬剤の投与中止はステント血栓症のリスクを増大したが,チエノピリジン系のみの中止は増大しなかった。SES植込み後6か月以降のチエノピリジン系薬剤の有効性は示せなかった。

[主な結果]
  • Kimura T et al for the j-Cypher registry investigators: Antiplatelet therapy and stent thrombosis after sirolimus-eluting stent implantation. Circulation. 2009; 119: 987-95. PubMed
  • 第1世代SES植込みから5年間,ステント血栓症(0.26%/年)や標的病変血行再建術(2.2%/年)などの遠隔期有害事象は減少せず。それらの危険因子は何か?
    sirolimus溶出ステント(SES)を植え込んだ12,812例の5年追跡結果:Kaplan-Meier法により算出したdefiniteステント血栓症(ST)の累積発生率は30日後0.3%→1年後0.6%→5年後1.6%で,遠隔期・超遠隔期STはSES植込み後5年まで一定の年間発生率で発生し続けた(0.26%/年)。標的病変血行再建術(TLR)の累積発生率は最初の1年間は低かったが(7.3%),それ以降も減少することなく発生し(2.2%/年),5年後の累積発生率は15.9%であった。
    STのリスク因子:STの発生時期により異なった(早期ST:急性冠症候群,近位左前下行枝病変;遠隔期ST:側枝植込み,糖尿病,末期腎不全,血液透析;超遠隔期ST:現喫煙,総ステント長>28mm)。
    TLRのリスク因子:早期と遠隔期とで変わらず,血液透析,総ステント長>28mm,参照血管径<2.5mmなど(Kimura T et al on behalf of the j-Cypher registry investigators: Very late stent thrombosis and late target lesion revascularization after sirolimus-eluting stent implantation: five-year outcome of the j-Cypher Registry. Circulation. 2012; 125: 584-91.)。 PubMed
  • SES再狭窄に対するSESの再植込みはバルーン血管形成術よりもTLR再施行を抑制。
    3年間の追跡期間中に,SES再狭窄に対してSESの再植込みまたはバルーン血管形成術(BA)による標的病変血行再建術(TLR)を再施行した990例(SES群537病変,BA群557病変)について,最初のTLR後のTLR再施行とステント血栓症(ST)を解析。またSES+BA実施例を除く966例(475例,491例)においてTLR後の死亡を解析。
    ■患者背景:糖尿病患者(47% vs 58%;p=0.0007),インスリン治療例(13% vs 21%)がBA群で有意に多かった。SES群では伏在静脈グラフト,新規病変,IVUS使用,direct ステントが多く,BA群では左回旋枝,ステント内再狭窄,側枝ステント,≧30mm病変が多く,ステント長が長かった。
    TLR再施行リスクはSES群がBA群に比べて有意に低かった(2年後TLR再施行率23.8% vs 37.7%, p<0.0001,調整オッズ比0.44;95%信頼区間0.32~0.61, p<0.0001)。多変量ロジスティック回帰分析の結果,血液透析のみがTLR再施行の独立した危険因子であった。TLR後の2年死亡率は10.4% vs 10.8%(p=0.04),ST発生率は両群ともに0.6%であった(Abe M et al for the j-Cypher Registry Investigators: Sirolimus-eluting stent versus balloon angioplasty for sirolimus-eluting stent restenosis: Insights from the j-Cypher Registry. Circulation. 2010; 122: 42-51.)。 PubMed
  • 非保護左主幹部(ULMCA)病変へのSESの3年後の予後は非ULMCAへのSESと変わらず,分岐部本幹と側枝への2ステントは本幹のみへの1ステントより不良。
    ULMCA群(582例[4.5%])は非ULMCA群(12,242例)に比べ高齢で,脳卒中,心不全,腎不全,不安定狭心症,ショック,分岐部病変が多かった。
    3年後の全死亡率:未調整の全死亡率はULMCA群の方が非ULMCA群より有意に高かったが(14.6% vs 9.2%, p<0.0001),調整後(>75歳,男性,ショック,心不全,腎不全など)は有意な群間差は認められなかった(ハザード比1.23;95%信頼区間0.95~1.60, p=0.12)。definite/probableステント血栓症(ST)はULMCA群で非ULMCA群よりも多かったが(2.5% vs 1.3%, p=0.0059),definite STの発生率は比較的低かった(3年後0.9%)。
    ULMCA病変をSESのみで治療した症例(476例)の病変部別解析:入り口部/シャフト病変例(96例)は分岐部病変例(380例)に比べて標的病変血行再建術の再施行(TLR)率が低かった(3.6% vs 17.1%, p=0.005)(Toyofuku M et al on behalf of the j-Cypher registry investigators: Three-year outcomes after sirolimus-eluting stent implantation for unprotected left main coronary artery disease: insights from the j-Cypher registry. Circulation. 2009 ;120: 1866-74.)。 PubMed

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収載年月2009.05
更新年月2012.04